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がんばらなくてもいい

ほっとする老子の本

がんばらなくてもいい

偉くなんてならなくていい。学ばなくていい。そのままでいい。ゆっくり生きればいい。ヘタなビジネス書よりも「老子発想」!

著者 本多 信一
ジャンル ビジネス書 > 自己啓発 > 生き方・働き方
出版年月日 2009/02/01
ISBN 9784769609940
判型・ページ数 224ページ
定価 本体1,400円+税
在庫 在庫あり
 

目次

第1章 偉くなんかならなくていい~「笑い」の逆転発想がものの見方を変える

第2章 学ばなくていい~ときに、知識は毒になる

第3章 がんばらなくてもいい~すぎた努力は自分をなくす!

第4章 そのままでいい~老子の「道」とはなにか?

第5章 ゆっくり生きればいい~ほっとする「老子」のことば

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内容説明

●はじめに?今、なぜ「老子」なのか?

私が子供の頃から大好きで、大尊敬している漫画家の水木しげるさん。皆さん、ゲゲゲの鬼太郎でご存知だと思いますが、水木先生こそ、「現代の老子」だと永い間、私はひそかに思っていました。以前書かれたご著書『生まれたときから妖怪だった』(講談社)の中で、先生はこんなことを言っていました。私流に要約してみます。

日本人はとかく論理だけで物事を判断しますよね。たとえば、学校に遅刻してはいけないとか、戦時中だったら、軍隊で軍律違反をしてはいけないとか、今の会社で言えば、利益をあげなければダメだとか、いろいろな決め事があります。もちろん人間が社会的な動物である以上、いい人間関係や豊かな生活のためには、そうしたルールにしたがうことも仕方ないとは言いつつ、でも、それは「絶対ではない!」と先生はおっしゃっています。

人知を超えた大宇宙からみたら、そうした人間の決めたルールや価値観なんて本当にちっぽけなもので、だとしたら、そんな縛りに我慢しているよりも、もっと自由にのびのびとした宇宙のルールで生きていこう、と決めていたそうです。子供の頃、兄弟たちは学校に遅刻しないように朝食もとらずに行くのに、水木先生は、兄弟の食べ残したご飯も平らげて、学校に行く。もちろん遅刻なのだけど、それよりも食べることのほうが大切だったと言います。

また、戦時中、ラバウル(現、パプアニューギニア領ニューブリテン島)で兵隊の時代、軍律違反を犯しても、南方の現地人と仲良く食事をしたり踊ったりして、かの戦場でも人生を楽しんでいたようです。当然、上官から睨まれて、ずいぶんとビンタを食らったことも告白しています。でも先生にとっては、その痛さよりも現地人との生活をとったわけです。私は、先生が、多分“妖怪”とよばれるのもきっとこの老子的な生き方が根底にあるような気がします。「ニンゲンがつくったひとつまみの砂だけを頼りに生きたくない」というのが先生の子供の頃からの価値観、生き方だったようです。私は、本当に地獄で仏ならぬ“ゲゲゲの水木老子”に出会ったような想いがしました。

私もよく人から変人扱いされます。どちらかというと、水木先生のような妖怪人間に近いのかもしれません。しかし、この頃、“四谷の仙人”とか、“乞食(こつじき)の信ちゃん”、“老子さんのような人”という言われ方をされるとバカにされたというより、むしろ嬉しい気持ちになります。

~中略~

若いうちは多くの青年男女が「いかにしてこの世に生き、自己実現を図ったらよいのか?」を考えて大いに悩むものです。むろん、頭がよくて美男美女、みんなに好かれる人なら悩まずにすむでしょう。しかし、自分のようなタイプの人間だと、(うーん、自己実現なんて無理だ!)と考えてしまいます。こんな自分がどう生きたらよいのか?と悩んだ末に、結局のところ老子発想に救われて、「自分の社会的成功は断念し、個人のための“無料職業相談業”に入ろう!」と決心したのが、高校三年の秋のことでした。

老子発想を一種の奇想とみる人もいます。たとえば、○無理に勉強をするのはよろしくない(絶学無憂の発想)。○出世するとろくなことはなく、早死にするおそれがある。○なるべく目立たぬようにひっそりと生きたほうがよい、この世を統制する「道」というものはその働きを人々に知らせないが、万物にプラスを与えている。人間もそうあるべし。といった教えは、これまでの努力やがんばりを強調する「儒教」のような教えとはまったく逆の内容です。ですから(この老子の教えは自分のための説かれたもの)と思ったくらいです。

~中略~

今の格差社会で悩む若者たち、競争激化の企業社会のもと苦しみつつ生きているビジネスマンの方々、「男社会の壁」に苦しむ女性などを念頭に、老子発想のなかの「生きるヒント」となるものを綴ってみました。この本で、読者の皆さまの生きる苦しみが軽減され、生きる上でのヒントを得られたら、筆者としてそれにまさる喜びはありません。日本社会はこれから相当の混乱状態となり、一種の乱世となる、そんな折にこそ、この「老子発想」が有効になると確信しています。



●「第5章 ゆっくり生きればいい~ほっとする老子のことば」より

■ものの見方を変える■

②「天下皆知美之為美、斯悪己」(天下皆ナ美ノ美タルヲ知ルモ、斯レ悪ノミ)

この文章の意味は「世間の人がこれは美しいというようなものは、本当のところ、美しくはない」ということです。たとえば、ミス日本級の美女は本当は美しくはないのだ、と、ものの見方を変えるように勧めています。確かに(自分こそ、天下の美女であると世間に認めさせたい!)との美女の内なる思いはあまり美しくはありませんよね。皮一枚の美しさにすがるのは余りにも幼稚ですよね。むしろ、「自分が美しくないと知る不美人こそが美しい。という見方を!」ということです。

いえむろん美人にこだわっている老子なのではありません。世間の常識的な見方に立つと「危険ですよ!」と言いたいがために「美」という分かりやすいものを挙げているのです。つまりは世間のよしとするあり方を疑わずに追随していくことは危険だぞ、と言っているのです。これはみんながエリートを目指すから自分もそうしてみよう、というあり方が「あなた自身の生を危うくする…」との示唆でもあります。

みんなに遅れたくない、という不安感をあおる手法は、PRやコマーシャルにもあります。「みんなが読んでいる」「みんなが観ている」「みんなが着ている」といった言葉が実に多いとは思いませんか? 「興行収入10万ドル突破」「百万部突破の本です」といった強迫観念が、人々を焦らせ参加させてしまうことになります。私はこの日本人性というものは危ないと思います。自分の考えに基づく行動ではなく、常に「みんながやっているから…」を行動原則にしていたら、知らない間に、間違った行動に加担してしまうことになると思いませんか?

老子は「与えられた個々人の寿命を最後まで生き抜くことが生まれてきた真の意味」とみています。この見方からすると、エリートになって出世し過酷な日々を持つことは「短命の恐れ」が確かにあります。昔から“美人薄命、才子多病”と言われますものね。ですから、個人としての生命保全のためには、「常識によって生きるな!」ということになると老子は見たのです。かくの如く十一文字の中で「人生の真理」を伝えんとするのが老子発想なのです。けっこう、スゴイと思いませんか?

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