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この一冊で義と愛の戦国武将・直江兼続がわかる!

名参謀の決断と発想法

この一冊で義と愛の戦国武将・直江兼続がわかる!

2009年のNHK大河ドラマ「天地人」の主人公・直江兼続について、事件、謎、夫婦愛、こぼれ話が一目瞭然。

著者 鈴村 進
ジャンル 一般書 > 歴史
出版年月日 2008/11/01
ISBN 9784769609896
判型・ページ数 B6・224ページ
定価 本体1,400円+税
在庫 在庫僅少
 

目次

一章 逆波が跳ね上がっても流れを曲げない

二章 この主君にしてこの参謀

三章 天下の覇者と真価を競う

四章 運命は二転、三転するがもとへ戻ることはない

五章 「直江状」を叩きつけて溜飲を下げる 

六章 関ヶ原か革籠原か、激突の瞬間!

七章 奔馬を支えた賢妻の耐える力

八章 黄金に輝く「愛」の前立て

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内容説明

●はじめに?正面を見て真っ直ぐに歩こう!

目をかっと見開いて、自分の足でしっかりと大地を踏みしめ、背筋をしゃんと伸ばし、下腹にゆったりと力を入れ、静かに呼吸を整えてまっすぐに歩こう。こういう姿は、自分はもちろん周りから見てもさわやかで美しい。

世の中の価値観が混乱して、だれ信頼していいのか、何が正しくて何が間違っているのか、その基準さえも曖昧になっていた戦国時代に、堂々と正面を睨み、真っ直ぐに歩き続けた智と勇の人がいる。それが上杉家の家老直江兼続(なおえかねつぐ)であった。

『常山紀談』には、彼のことをこう書いている「長高く容儀骨柄並びなく、弁舌殊更大胆なる人なり」。また妙心寺の南化和尚は「兼続の教えを聞くものは必ず利を捨て義を採るであろう」と断言している。

彼の生きた時代は、多くの意味で現代とよく似ているのではなかろうか。力が強ければいい、利益にさえなればいい、だれが何をやってもかまわない、他人が困ろうと、迷惑しようとおれの知ったことじゃない、わがまま様がまかり通るぞ、遠慮なんかいるものか、わたしの勝手だ、おれの自由だ!

だが実は、自由ほど窮屈なものはないのである。自由に生きるということは、ビジネスにおいても、また地域や家庭においても、すべて自分の責任で行動することである。その責任の重さに目覚めよう。もしそのとき、不覚にも疲れを覚えたり、心ならずも逃げ出したくなったりしたら、思い切って三百六十度真上を振り仰いでみよう。

そこには、あの直江兼続が、豪快に、かつさわやかに微笑んでいる。何ものも恐れず、媚びへつらわぬ威風堂々たる兼続は、兜の前立てに燦然と輝く「愛」の陰から、優しい慈しみのまなざしをきっと投げかけてくれるはずである。



●「五章 「直江状」を叩きつけて溜飲を下げる」より

■隙あらば君臣の間を裂こうとした?■

このとき家康には、もう一つの狙いがあったかもしれない。それは、景勝と兼続との間に隙間をつくることである。かつて、秀吉が景勝を百二十万石の領主に任じたとき、特命として兼続に別途の三十万石を与えようとしたといわれている。陪臣でこのような厚遇を受ける例はなかった。それだけ秀吉が兼続を高く評価していたのだが、このような場合、君臣の間に溝が生じる可能性がある。

領主から見れば、家老が自分を飛び越えて一段高所にある権威と結びつき、自分をないがしろにするのではないかという疑心暗鬼を抱く場合がある。一方、家老は領主が安泰でいられるのは、自分が全責任を負ってすべてを取り計らっているからだ、自分のほうが実力者なのだという思い上りが募ってくる。

こういうパターンがいわゆるお家騒動を引き起こす例は稀ではなかった。もしも、会津において、この領主と家老との間に摩擦が起れば、それを理由にして取り潰すことは容易である。あのときの秀吉にも、またこのときの家康にも、ことによっては…という誘惑が頭をかすめなかったものでもあるまい。家康が景勝を詰問し、兼続がそれについて主君を批判するような雲行きになれば、家康の奥州制圧は簡単に成就する。

だが、景勝と兼続との間にはそのような隙間風が入り込む余地はなかった。兼続は文武の道を兼ね備え、物事の判断について、邪心や欲望から正道を踏み外すことはなかった。景勝は人に優れた品性の人である。遠くを見渡す包容力豊かな風格の人である。この二人の器量人は互いに相手を固く信じ、また信じられていた。

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