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眠れぬ江戸の怖い話

眠れぬ江戸の怖い話

さまざまな庶民文化が花開いだ江戸時代に生まれた「怖い話」のなかから逸品を今風の作品に仕上げて紹介。

著者 支倉 槇人
ジャンル 一般書 > 読み物
出版年月日 2007/08/01
ISBN 9784769609483
判型・ページ数 207ページ
定価 本体1,200円+税
在庫 在庫僅少
 

目次

人面そう/女の生首(いきくび)/太夫、妖怪の師匠となる/しゃれこうべ/骨を抜かれた男/娘を守って死んだ猫/死後の嫉妬/腹をすかせた死体/雨の小坊主/狐の祟り/亡き妻の訴え/一休和尚の妖怪退治/卒塔婆(そとば)/妻の怨霊/帰ってきた息子/七人の僧侶/女の生霊/わたしのもの/継母殺し/呪詛と復讐/双六女房(すごろくにょうぼう)/猫

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内容説明

●はじめに

現代と江戸時代には、共通するところが実はたくさんある。まず第一に、平和。開府の頃と幕末を除いた200年間は、概ね平和な時代だった。平和を享受する空気の中で、人々の心に少しずつゆとりや余裕が生まれ、さまざまな文化が花開くことになる。人々が受け取る情報の量も増えた。

印刷技術が発達した江戸では、多くの出版物が発行され、人々の目に触れるようになった。時事の問題や娯楽情報も瓦版によって素早く手許に届くようになった。歌舞伎や芝居が大きくブレイクしたのも、日本における最初のペットブームと呼べるほどに、小鳥や金魚、ハツカネズミなど小動物に対する愛玩熱が高まったのも、この時代。花見や花火見物に足を運ぶ人も増え、現代の動物園のルーツのひとつといわれている「花鳥茶屋」や「孔雀茶屋」も人気を呼んだ。

そんななかで、「怖い話」を楽しむ人間もしだいに増えていった。現代においては、幽霊や妖怪の登場するマンガや小説、映画など、「恐怖」ものの作品が毎年のように作られているが、それに極めて近い状況が江戸時代の中期においてもあったのである。

江戸時代、怪談は書籍や芝居、語りの形で紹介された。だが、同じ話を何度も読んだり聞いたりしていると、恐怖感や面白さは薄れていく。そのため、日本各地の伝説や神話、中国の怪談、実際に起こった事件などから怖い話が拾いだされ、毎年のように新たな怪談や恐怖譚が作られていくことになる。結果、多くの作品が世に生み出され、印刷物として残されることになった。現代、我々がよく目にする妖怪画や幽霊画が、この時代に多数描かれていることからみても、その盛り上がりの大きさがわかるというもの。

本書は、そんな江戸の怪談の中から、特に味わい深く感じられる作品を選び出し、短編小説の形に書き直したものである。一読してみたならば、これまであまり紹介されたことのなかったものの中にも、まだまだ面白い作品があることがわかっていただけると思う。同時に、日本の「怖い話」の源流がここ?江戸時代に書かれた怪談にあることも、また実感することができるはずである。



●「骨を抜かれた男」

若者たちが集まって、肝試しをすることになった。場所は、深夜になると化け物がでると噂のあった京の七条河原の墓地。訪れたたしかな証拠を墓地に残して帰ってきたなら金を渡す。そんな取り決めもなされた。

さて、だれが行く? 若者たちは互いの顔に目をやった。もちろん自分が行くと名乗りでる者はいない。相談の結果、選ばれたのは最年少の若者であった。その晩おそく、若者はびくびくしながら、提灯を片手にひとり墓地へと向かった。

到着した七条河原に人影はなく、動物がたてる小さな物音さえも聞こえてはこなかった。ただ、さらさらと流れる水音だけが耳に届いていた。細い月からこぼれる弱い光が、水面をかすかに光らせていた。提灯を高くかかげて、あらためてあたりを見わたす。異常は感じられない。ひとつ大きくため息をついた若者は、昼のうちに用意しておいた槌で杭を打ち、しっかり地面に固定されたのを確認すると、そこに証拠となる紙を貼り付けた。

明日の朝、仲間のだれかがやってきて紙を取れば、賭は成立し、若者が掛け金を受け取ることになるはずだった。無事に紙を貼り終え、さて戻ろうとふり返ったそのときのこと。提灯のあかりに、ひとりの老人の姿が浮かびあがった。ヒッという息を飲む音が、若者の喉から漏れる。杭を打っていたときも、紙を貼っていたときも、人の気配はまったく感じられなかった。また、だれかが近づいてきた足音も聞こえていなかった。なのに--。これは、だれだ……?

薄く、白い髪。八十歳はとうにすぎているにちがいない。ただ、とても大きく、身の丈は八尺(およそ2・4メートル)を超えていた。だが、真に異様なのは、しわくちゃで血の気のないその真っ白な顔だった。そんな老人が両手を前にのばし、手のひらを見せるようにしながら、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。よく見ると手のひらの真ん中にはそれぞれ目玉がひとつずつあり、若者をじろりと見つめていた。

一瞬後、正気に戻った若者は、老人に背を向け駆け出した。だが、背中が気になってしかたがない。走りながらふり返ってみると、笑みを浮かべながら追ってくる老人の姿が見えた。それが本当の笑顔であるかどうかはわからない。しかし、二本の大きな前歯をにゅっと突き出した老人の顔はどこか楽しそうで、笑っているようにしか見えなかった。

若者が命かながら逃げ込んだのは、近くにあった寺の本堂だった。「助けてくれ」事情を住職に手短に話すと、「ここに隠れなさい」と住職は衣装を入れていた長持を開け、若者の身をそこに押し込んだ。そして、自身は隣の部屋の隅に身を隠す。

ほどなく、何者かが本堂に入ってくる気配がした。それは、若者がいう化け物にちがいなかった。床板が踏みしめられるぎしぎしという音が聞こえる。若者を探して、寺のあちこちを探しまわっているのだろう。

しばらくすると足音は、若者が隠れた長持のそばで止まった。短い沈黙ののち、どうか見つからぬようと必死で祈る住職の耳に、ごりごりと犬が骨をかじっているような音が聞こえてきた。

それから数刻の時が過ぎた。静かになった本堂を住職が覗いてみると、そこに化け物の姿はなかった。だが長持を開けてみたとき、住職は若者を助けられなかったことを知った。匿ったはずの若者は、追ってきた化け物の手で生きながら骨を抜かれ、すでにこと切れていた。ものいわぬ若者の顔には、苦悶が深く刻み込まれていた。さきほどまで聞こえていたゴリゴリという音は、化け物がこの若者の骨を食らっていた音だったのである。

(諸国百物語より)

 

 

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